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吃音の歴史を知ることが、吃音支援の解像度を上げる

吃音(発達性吃音)は長らく、「育て方の影響」が原因のひとつであると考えられてきました。そのせいで、吃音の子を育てる保護者、日本の場合は特に母親が見えない罪悪感に苦しむといったことが続いていました。しかし、現代では吃音に関する研究が進み、「育て方が吃音の発症に影響しない」という考えが知られるようになっています。

今回は、これまでの「吃音の原因論」についてふり返り、現代ではどのように考えられているのか、吃音について吃音の子どもや人や共に暮らす人たちがどのように捉えると良いのかについてお話します。


吃音の原因捜しの歴史

何かよくわからず不安になると、人はその原因を知ろうとします。吃音についても同じことが言えます。特に、発達性吃音は2~5歳という幼児期に発症することから、保護者が不安を覚えてその原因を探るというのはよくあることです。研究者たちも、吃音の原因を追い求める活動を長く続けています。

吃音の原因を探す議論は、今から100年ほど前に始まったと言われています。19世紀後半にヨーロッパで行われた失語症の研究により、脳の部位によって人間の行動に関する役割が割り当てられていて、言語機能を司る部位は大脳の左半球にあると知られるようになりました。また、吃音のある人に両利きか左利きの人が多いという研究が1920年代に発表されました。それらを踏まえて、吃音のある人の発話に関する脳の司令が、吃音のない人と異なることに吃音の原因を見出さそうとした、「大脳半球優位説」という仮説が1931年に発表されました。この大脳半球優位説は、「利き手を左から右へ矯正したことにより吃音が生じる」という考えに転じて社会に広まりましたが、1940年代にアメリカのジョンソンが行った実験により、利き手矯正と吃音の発症には関連がないことがわかりました。

ジョンソンは、利き手矯正に代わる仮説として「診断起因説」を1942年に提唱しました。診断起因説とは、「子どもの滑らかではない話し方を親が『吃音だ』として意識させることで吃音が発症する」という考えです。診断起因説は、子どもの発話に過度に干渉すべきではないという考え方に利点があるものの、「吃音は親の育て方が影響する」、もしくは「吃音の話題には触れるべきではない」という誤解を与えるという課題がありました。診断起因説は科学的根拠に乏しいとして、現在は肯定的に捉えられることはありませんが、「吃音は育て方が原因」「吃音の話題に触れるべきではない」という誤解は未だに根強く残っています。

また、日本では過去に「吃音は真似をするとうつる」という誤った考え方がありました。もちろん、真似をするとうつることなどなく、全く根拠のない誤解です。また、日本では伝統的に女性が育児を全面的に担う役割を負うことが多かったことから、診断起因説の影響で「吃音の原因は母親の接し方の悪さ」という誤解が、現代においてもまだ聞かれることがあります。一度社会に広まった仮説は、学術的に認められたとしても、社会の中には長く残り続けてしまい、そのことによって無用に傷つく人がいることを、私たちはしっかりと心に留める必要があると感じます。


吃音の原因解明は、少しずつ解像度が上がっている

現在も吃音の原因を明確に解明することはできていません。しかしながら、近年の研究では、「吃音の原因は体質によるものではないか」という仮説に基づいて行われるものが増えています。

様々な国で、同じ遺伝子を持つ一卵性の双子と、半分は違う遺伝子を持つ二卵性の双子と比べて、吃音の要因が遺伝子あるいは環境に由来するものかを検討する研究が行われています。多くの研究で、一卵性の双子では二卵性の双子よりも双方が吃音である確率が高いことが明らかとなっており、吃音は遺伝子(=体質)によるものであるという説が有力となってきています。

しかし、どのような遺伝子が吃音の原因となっているかは、まだ解明されていません。また、複数の遺伝子が相互作用することによって吃音が引き起こされると考えられており、その遺伝子の作用について特定することも、現段階では難しいとされています。吃音の遺伝子研究は現在も行われており、今後新たな事実が少しずつ解明されることが期待されます。

過去の歴史を振り返ると、吃音は不可解とされ、それ故に経験則や精神論的な考えに基づいたアドバイスをされることが多くありました。近年の吃音研究により、科学的な根拠に基づき「誰かのせいにしない」支援がされるようになってきたことは、吃音支援において大きな進歩といえるでしょう。今後研究が進むことによって、吃音のある人やその家族、そして吃音のある人を支援する人たちの吃音に対する解像度が上がっていくと思われます。


いまを生きる私たちにできることとは

吃音のある人やその家族に対し、過去の仮説により「個人の努力」を求めるようなアドバイスや、根拠や効果に乏しいことを「役に立つ」とされていたことを、本記事ではここまでふり返ってきました。そして、現代ではより科学的根拠に基づく原因解明の研究がされていることにも触れました。

先にも述べましたが、吃音のある人やその家族に対して、周囲の人たちが「吃音を誰かのせいにしない」という考えを持って接することが何よりも大切であると考えます。否定や原因帰属は問題解決にはつながりませんし、苦しみや孤独をより一層深めてしまうなどマイナスの影響が強いのです。

吃音のある人やその家族と接する上で、周囲の人たちは以下のことを十分に認識しておくと良いと思います。

・吃音は利き手矯正とは関連がない
・親の育て方は吃音の原因とはならない
・一度広まった言説は誤りであっても長く社会に残ってしまうため、正しい理解に努める必要がある
・近年の研究では、吃音は体質(遺伝子)に由来することが明らかとなっている

過去の言説に囚われず、吃音に関する正しく新たな情報をできるだけ取り入れることが、吃音のある人やその家族にとって安心できる環境づくりの一歩となるでしょう。コエノバでも、吃音の正しい情報を発信していきたいと思っています。今後もお付き合いいただけますと嬉しいです。

参考文献
1)菊池良和(2012)「エビデンスに基づいた吃音支援」 学苑社
2)菊池良和(2019)「吃音の世界」 光文社
3)Yairi, E and Ambrose, N. Epidemiology of Stuttering: 21st century advances. Journal of Fluency Disorders, 2013, 38 (2), 66-87.

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